初めて発展場に行った話

 

 発展場、性欲漲るゲイ男性の集う場所。

僕はゲイとして産まれたが、そこに行ってまで発散したいとはこれまで考えたこともなかった。そもそも自分の容姿に自信がなく、そこに行ったところで誰からも誘われず、こちらから誘ってもはじかれて虚無になって帰って来るだけだと思っていた。しかし、ずっと気になっていたのだ。いったいどんなひとたちがいて、中はどんな構造でどんな雰囲気か。

 

ある日、そんな僕の疑問を友人の集まりで話した。

「え、なら行ってみようよ」

友人のこの一言が僕の発展場デビュー企画の発端である。僕がついにあの発展場へ行くこととなったのだ。いや、本当に行くのか…?実感は湧かない。

 

それから時が経ち、年が明けて新年会兼僕の発展場デビュー企画が開催される日となった。まさか新年初の都内での用事が発展場になるとは…今年はどうなることやら。

僕は友人の誰よりも先に現場へ向かい、発展場の看板の前まで来た。ヤル気満々だったから、というわけではなく、記念撮影のために早く到着したのだ。デビュー記念の一枚を。

 

看板の前でひとりで記念撮影をしていると、一匹のおじさんが発展場へ向かうエレベーターに吸い込まれていくのが見えた。

僕がおじさんを見ていたとき、おじさんもまたこちらを見ていたのだ。

それもそうだ。発展場の看板の前でひとりで記念撮影しているんだもの、カミングアウトも良いところ。

 

入店

記念撮影を終えた僕は友人との集合場所に戻り、そこで落ち合った。そして、友人と話しながらそのまますぐに例の発展場へと向かった。

雑居ビルのエレベーターに乗り、発展場のある階まで友人は送ってくれた。あとは僕が目の前にある扉を開けるだけである。が、僕は扉の前で緊張のあまりあたふたしていた。

「すぐ上に防犯カメラあるから中のひとに見られてるんじゃない?」

えっ…あっ…これはいけない。小慣れた雰囲気を出さなければ。初心者丸出しはみっともない。そう思い、勇気を絞りに絞って小慣れたような涼しい顔で扉を開けた。

 

「こんにちは〜。〇〇円ですね」

マジックミラー越しにスタッフが話しかけてくる。スタッフ側からは客の容姿全体が見えるのだろうが、こちらからは金銭を受け取る手先しか見えない。

「コ、コンニチハ、エッアッッハイ」

支払いだけであたふたしてしまった。小慣れた雰囲気作戦、入店3秒で失敗。そしてスタッフからタオル一枚とロッカーの鍵を受け取り、いざ中へと進む。

渡された鍵番号のロッカーの前まで来た。荷物をしまって服を脱がなければならない。さぁ荷物を入れるぞ。

あれっ…ロッカーが開かない……えっ?

そう、僕は逆に鍵をかけてしまっていたようだ。そんなボケを数分続けていた。小慣れた雰囲気作戦ここでも失敗。もう救いようがない。

 

ロッカーにすべてをしまった僕は中へと進んだ。

あれ…?明るくない?シャワールームとトイレしかない…みんなどこいるんだ?

とりあえず目の前にあったシャワールームでシャワーを浴びる。身体を洗ったのはいいものの、外に出てキョロキョロしていると初心者がバレてしまうので、一旦退散しロッカーへと戻った。スマホを取り出し、友人に「シャワーとトイレしかない、部屋どこにあるんだろう」とメッセージを送った。するとこう返事が来た。

 

「頑張って探しな」

 

それはそうだ。現場には僕しかいないんだから頑張るしかない。どこかに部屋の入口があるはずだ。

 

神殿

意地でも初心者丸出しを避けたい僕はもう一度涼しい顔で中へと向かった。すると、シャワールームの近くに黒い暖簾がかかっているのを見つけた。

あった!ここだァァァ!入るぞ!失礼しま〜す!

とでも言うかのように恐る恐る暖簾をくぐった。

 

すると、そこには通路に沿って全裸男性が股間を隠しながら古代遺跡の石像の如く列を成して立っているではないか。その列は奥にまで続いている。中にはアヌビスのような立ち方をしているひともいる。部屋が薄暗いということもあり、神殿そのものである。

 

通路は非常に狭く、成人男性が横向きにギリギリふたり通れるほどの幅である。つまり、通ればほぼ必ず石像と身体が擦れる。

 

さらに、ここにいる石像はただ立っているわけではない。通る者の品定めをするのだ。身体が触れれば通る者の下から顔までチェックする。目が合ってしまえば神殿奥の部屋へと攫われる可能性すらあるのだ。

僕はなるべく石像の顔を見ずに「スイマセン…アッゴメンナサイ…トオリマス、スイマセン…」と唱えつつ、長い通路を通り神殿奥まで辿り着いた。その途中では、無事に奥部屋での儀式を終えた生還者ともすれ違った。ただでさえ狭い通路には石像があり、行く道は本当に狭い。すれ違うときには「アッサキドウゾ」と唱えて生還者を優先させるのだ。

辿り着いた神殿の奥には小さな部屋がいくつもあった。その部屋からは甲高い声や激しい音が聞こえ、僕の緊張はさらに高まる。

ワッスゴイ…とりあえず下見完了、退散ッ!脇目も振らずそそくさロッカーのところまで戻った。一旦お茶を飲んで休憩。

 

さぁもう一度。暖簾をくぐり、スイマセンッスイマセンッと唱えつつまた奥まで辿り着いたところで、今度は奥部屋の近くの通路に、石像のいないスペースがあることに気が付いた。

 

自分の石像ポジションを見つけたのだ。そこに立ってあたふたしていると、またしても小慣れた雰囲気作戦が失敗してしまう。そんなことは避けたい。だから僕は慣れたようなすまし顔で立っていることにした。

 

ヘーラクレースともったいないばあさん

そんな無駄な努力をしばらくしていると、何かが僕の肩に触れるのを感じた。気になって僕は触れられた方向を見た。すると、ひとりの神殿探検者が奥部屋を指さしているのが見えた。

彼はまるで神殿の主かのような佇まいで、いわゆるゴリマッチョである。ギリシア神話での最大の英雄、ヘーラクレースを彷彿とさせる。令和の発展場でのヘーラクレースの再来である。

そして、彼によってついに僕も奥部屋に入ることが許されたのだ。奥部屋へと進むと、漫画喫茶のような黒いクッション生地の床にソファーボックス、ローション、ティッシュボックス、そして大量の使用済みティッシュが捨ててあるゴミ箱が配置されていたのが見えた。部屋のライトはピンクである。鍵はないが内側からトイレのドアのようにロックを掛けることができる。

 

中に入り、彼は僕にソファーに腰掛けるよう指示した。いったい何が起きるんだ。

彼は僕と向き合うような体勢で床に跪いた。なんとなく恥ずかしく僕は若干上を向いていたが、しばらくしてなんだか暖かくぬるっと包まれたような感覚を下に覚えた。えっ…上手い…上手すぎる……。これまでに感じたことのない舌使いと絶妙な力加減。一言、極上である。

驚きの隠せないまま極上に浸っていると、彼は口を離してソファーに股がるよう僕に言った。そして言われた通り、僕は股がった。

すると、彼はローションを手に取って僕の下に垂らし、そのまま握って上下運動を始めた。

まるでこれまでに僕としたことがあり、僕のツボを熟知しているような見事なグリップ加減で、スピードも切らさない。全知全能のゼウスの血を引いたヘーラクレースなだけあるのかもしれない。それから5~10分ほどであったか、彼の熟練のテクニックにより僕は昇天してしまった。

 

そのあとはすぐにロッカーへと戻り、休憩を取り、もう一度中へと向かうことを決意した。一回だけではもったいないと、心に住むもったいないばあさんが囁いたのだ。

 

二度目の探検では、ひとりの石像と目が合いそのまま奥部屋と行ったが、僕は途中で一度目のヘーラクレースとの冒険で体力を使い果たしていたことに気付き申し訳ないと思いつつも途中で退散してしまった。惨敗。

 

そのままロッカーへ戻り、服を着て、友人に終わりを報告した。そして、新年会の集合場所で待ってくれている友人たちにいち早く出来事を共有すべく急ぎ足で向かった。

 

発展場

これまでの話は入口の扉を開けてからほんの1時間程度の出来事であったが、雑居ビルの一間にある神殿のこれまでに感じたことのないあの空気感は、今後忘れることはないだろう。あそこで会ったひとびとは皆一期一会で、神殿の外ではもう会わない、むしろ気まずくてもう会いたくない存在となってしまう(僕は特段気にしないが、たぶん相手は気にするだろう)。なんと儚い出会いなことか。

 

いや、そんな刹那的な出会いだからこそ相手を魅力的に感じるのかもしれない。それが発展場という場所である。